昨日、読み終えたばかりの小説の感想をアップしてから、何となく気がノッているので、勢いに任せてもう1本、上げてみたい。内容は、これまで読んできたそれなりの作品数の中から選んだ、Best10 である。
10作品の中で順位をつけるのは困難を極めるので、単純に発表された年の順にご紹介してみようと思う。
アクロイド殺し/アガサ・クリスティ
書名 | アクロイド殺し |
著者 | アガサ・クリスティー |
発行年 | 1926年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、推理小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
ミステリーの女王、クリスティの代表作の1つにして、推理小説界でも名作中の名作として知られる傑作。
犯人があまりに読者の意表を突く人物だったことで、発表当時はアンフェアではないかという論争が巻き起こったらしいが、その後の約100年の間に、東野圭吾を含め世界中でこのトリックはパクられて来ている。そうした「模倣作」より先に本家本元の本作とめぐり逢い、ラストで明かされる真犯人に度肝を抜かれる体験ができたのは、いま思い返すと非常に幸運だったと思う。
長いお別れ/レイモンド・チャンドラー
書名 | 長いお別れ |
著者 | レイモンド・チャンドラー |
発行年 | 1953年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、ハードボイルド |
個人的評価 | ★★★★★ |
少なくとも日本で海外ハードボイルド作品というと、まずコレだろう。チャンドラーの最高傑作に挙げられる名著だ。
チャンドラーが生んだ私立探偵フィリップ・マーロウの視点で語られる文体は、とにかくニヒルで冷徹で捻くれており、その独特な表現とクールな台詞回しが、今でも多くの読者を魅了し続けている。日本では原寮がその文体を後継していることは、自他ともに認めるところだろう。
もちろん文体だけでなく、ストーリー性も抜群だ。ラストにそれまでの伏線を一気に回収し、そして最後の最後に「ギムレットには早すぎるね」という名台詞とともに解き明かされる物語の核心は、そのひと言を言わせるに至るまでの会話の妙も含め、実に見事である。
背いて故郷/志水辰夫
書名 | 背いて故郷 |
著者 | 志水辰夫 |
発行年 | 1985年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、冒険小説、ハードボイルド |
個人的評価 | ★★★★★ |
さて、ここから一気に現代の作品になってしまう。日本を代表するハードボイルド作家のひとり、志水辰夫の’85年の作品。
冒険小説でありながら、ミステリー要素もふんだんに詰まっており、結果として日本冒険小説協会大賞と日本推理作家協会賞をW受賞している。
ただ、そんな受賞がどうとか関係なく、一旦読み始めたらページを捲る手が止められなくなるリーダビリティがあり、それが志水辰夫の文才と相まって、エンディングまで息もつかせぬ作品に仕上がっている。
ラストのどんでん返しもお見事。後の志水辰夫の作品に比べれば深みのあるストーリーではないし、文体も重厚ではないが、紛うことなき名作だ。
リヴィエラを撃て/高村薫
書名 | リヴィエラを撃て |
著者 | 高村薫 |
発行年 | 1992年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
白髪の東洋人スパイ『リヴィエラ』の正体を追って、IRAのテロリスト、MI5、MI6といった海外の諜報機関が複雑にからむ、壮大なスケールの大作。物語の舞台もアイルランド、ロンドン、東京と幅広く、何よりこの女性作家がこれほどIRAを緻密に描くのに、どれほどの膨大な資料の収集と取材を行ったのかと想像すると、本当に頭の下がる想いだ。
しかもそれが難解な表現としては現れず、極めて優れた牽引力でグイグイと読者を引っ張ってくれる。
『リヴィエラ』とは何だったのかという問いにも、最後まで力を抜かずきっちり提示されていて、読後に心地よい余韻まで残してくれる力作だ。この作品に接していた時間は、本当に読書をする愉しみを味わった、至福の時間だったと思う。もう一度この作品を読む前に戻りたいと思うほどだ。
Amazonでの評価はなぜか高くないが、個人的には四十年のあいだに読んだ作品の中でも、三本指に入る傑作である。
姑獲鳥の夏/京極夏彦
書名 | 姑獲鳥の夏 |
著者 | 京極夏彦 |
発行年 | 1994年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
上記の4作品を見ても分かる通り、小さい頃からミステリー小説を好んで育ってきた。小学生の頃に江戸川乱歩に出会って推理小説にハマり、洋邦問わず、探偵小説などをメインに読書に励んできた。
そうすると大学を卒業するころには、悪い意味でミステリーにスレてしまうようになる。もう度肝を抜かれるような、奇抜で革新的な手法や作品には、お目にかかれないだろうと、勝手に思い込んでしまうのである。
例えば初めに挙げたクリスティの「アクロイド殺し」や「オリエント急行殺人事件」を読んだときの、あまりに意外な犯人像に声を失う、というような体験は、もうできないと決めつけていた。面白い小説は今後も生まれるだろうが、斬新さに驚かされることはもうないだろうと、どこかで寂しく思っていた。
そんなときに登場したのが、京極夏彦だった。彼のデビュー作「姑獲鳥の夏」を読んだ日のことは、たぶんずっと忘れないと思う。
当時、ミステリー界が騒然となり、この作品の話題で業界が席巻されていた。ミステリーは好きでも、オカルト系を好まない私としては、タイトルや表紙に抵抗はあったが、まぁ一度読んでみるかといった程度で購入した。そして読み始めた途端、深夜遅くまでかかって、一気に読破した。トイレも行かず、ひたすらページをめくった。ずっと興奮状態だった。
夜が明けようとするころに読み終えたとき、もう放心状態だった。この作品は妖怪を仮の題材としながら、オカルトっぽい現象も登場人物の台詞を借りて少なくとも理屈上は科学的に解明し、超常現象を力技で読者に納得させていた。それだけでなく、あまりに魅力的でキャラクター造形に優れた登場人物たちや、書籍化された際の改ページ位置まで計算して書かれた文章、核となる場面での空白行の挿入など、すべてが新しかった。
京極夏彦の登場は、小説界にとっても私にとっても「一大事件」だった。
魍魎の匣/京極夏彦
書名 | 魍魎の匣 |
著者 | 京極夏彦 |
発行年 | 1995年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
上記「姑獲鳥の夏」に続いて発表された2作目。期待通り前作の個性豊かな登場人物たちがそのまま総出演しているが、内容は1作目を超える完成度であり、これまたビックリした。
冒頭にプロローグとして不思議な内容の随筆が挿入されているのだが、その一文一文の意味が終盤に解き明かされていく場面は、まさに驚愕の展開だった。
前半は少々退屈に感じることもあるだろうが、すべてが伏線として回収されていくので、是非読んで欲しい。
なお京極夏彦作品は、1作目と2作目、そして5作目の「絡新婦の理」はいずれもとんでもない完成度なので、四の五の言わずに読んで貰いたい。
テロリストのパラソル/藤原伊織
書名 | テロリストのパラソル |
著者 | 藤原伊織 |
発行年 | 1995年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、ハードボイルド |
個人的評価 | ★★★★★ |
思えば、自分がハードボイルド好きであることを自覚したのは、この作品だった。江戸川乱歩賞受賞ということで手にとったのだが、一人称単数で語られるハードボイルドの手法に、すっかり魅了されてしまった。
特にこの作品は、文体や平仮名の使い方も本当に上手い。例えば主人公がバーテンダーとしてホットドッグを作る場面があるのだが、パンを裂いたりキャベツを切ったりといった何でもない描写が、実に魅力的なのである。
団塊の世代の屈折した感情や学生運動、日本赤軍といった、あの時代の空気をふんだんに詰め込みながら、時系列が前後しても読者を混乱させない丁寧さもある。
全体的な完成度としてはご都合主義な点があるのは否めないが、自信を持って他人にオススメできる名作だ。
59歳という若さで癌に倒れてしまったことが、心から悔やまれる作家であった。
三国志/北方謙三
書名 | 三国志 |
著者 | 北方謙三 |
発行年 | 1996年 |
タグ(ジャンル) | 時代小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
今回ご紹介する10作品の中では唯一、ミステリーとは無縁の小説になる。ハードボイルド作家だった北方謙三が初めて中国史に挑んだのが、この三国志だった。
もちろん北方謙三が描くので、出てくる奴らがとにかく漢っぽい。そして良い意味で俗っぽい。
たとえば劉備玄徳も清廉潔白ではなく、戦略としてそういうイメージを民衆に刷り込んでいくよう部下たちが動くのだが、自分だけが聖人のように扱われることに抵抗を覚えながらもそれを黙認し、そしてそのために自己嫌悪に陥ってしまうような、実に人間っぽく描かれている。
そして同様に吉川英治「三国志」と違い、曹操孟徳や呂布あたりが、極めて魅力的な人物として描かれている。特に曹操は残虐さと潔癖さを兼ね備え、何より誇りを重んじるキャラクターとなっていて、コミック「蒼天航路」のイメージに近い。
とにかく馬超や魏延といった脇役に至るまで個性を持って描かれ、最後の最後までしっかりとした物語性と描写が続く力作だ。
北方謙三が次に挑んだ「水滸伝」が、終盤にやや失速したことを考えると、この「三国志」は奇跡的な完成度である。
亡国のイージス/福井晴敏
書名 | 亡国のイージス |
著者 | 福井晴敏 |
発行年 | 1999年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、冒険小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
自衛隊のミサイル護衛艦を舞台に、国防、諜報、政治といった様々な要素がからみあう、福井晴敏による一大エンターテインメント小説。
特に軍備や外交に詳しくなくてもすいすい読めるが、作中に出てくる論文の中の「亡国のイージス」という言葉の意味は、自衛隊の存在と矛盾点を端的に突いていて、考えされられる論考である。
とはいえ、内容は単なる諜報合戦や争いではなく、友情や誇り、親子愛などが大いに盛り込まれた、極めて叙情的な作品だ。胸が熱くなるような台詞や場面があるし、ちょうど中間くらいで一旦どんでん返しがあるなど、毛先ほども退屈なく読破できる。しかも最後まで主人公たちのその後が丁寧に描かれていて、完成度は極めて高い。
後に上梓される「終戦のローレライ」も力作だったが、圧倒的に本作のほうが面白く読める。
クライマーズ・ハイ/横山秀夫
書名 | クライマーズ・ハイ |
著者 | 横山秀夫 |
発行年 | 2003年 |
タグ(ジャンル) | ミステリー小説、文学小説 |
個人的評価 | ★★★★★ |
御巣鷹山で発生した日航機墜落事故の前後の、現地地方新聞記者を描いた作品。
とにかく横山秀夫という作家は文章がうまい。ほんの数行で読者を感動させることに長けていて、本作でもふいに登場した墜落事故の遺族のエピソードで涙腺が緩んでしまうなど、随所に秀逸な描写が仕込まれている。事故の第一報を伝える「現場雑感」なんて、たった2〜3行でズドンと心を撃ち抜かれてしまった。
またこの小説では他紙とのスクープ合戦だけでなく、社内の派閥争いも描かれていて、特に記者と営業の対立などは実に生々しい。スクープのために締め切りをなるべく遅らせようとする記者側と、1分でも早く紙面を刷り上げて配達に間に合わせたい業務側の、怒号飛び交う諍いの場面は、臨場感たっぷりだ。懸命に広告などをとってくる営業側の社員が、記者に対して「自分たちだけで新聞が成り立っていると思っていやがる」と怒りをあらわにする場面があったと思うが、実際にそうなのかなとも思う。
「半落ち」や「64」など、映像化されることも多い横山秀夫作品だが、個人的には本作が今のところ最高傑作である。
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